“ゲーム脳の恐怖”の脳波について (1)

 
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“ゲーム脳の恐怖”の脳波について(2)
“ゲーム脳の恐怖”の脳波について(3)

脳波のなぜ?その1

脳波のなぜ?その2
脳波のなぜ?その3
脳波の異説
脳波の誤解?

 

以下の内容はメディカルシステム研修所としての見解であり、その責任は当社にあります。
ご意見があれば右にご連絡ください。 →kensyu@kenn.co.jp

“ゲーム脳の恐怖”について                          

2002年7月にNHK出版の生活人新書の1冊として出版された「ゲーム脳の恐怖」(森昭雄著、以下「ゲーム脳本」とする)は、当初から多くの議論を呼び、ゲームのやりすぎに対する一面での警告として注目された。反面、脳波を用いた実験やデータの扱い、論旨の客観性のなさや、TVゲームに対する著者の無理解、はじめから敵視した観点など、問題点が多く指摘されてきた。当ホームページでも、この本の出版に先だって同じ著者の見解をまとめた毎日新聞の記事について、脳波に関して不正確な点があることを指摘した(脳波の誤解?その2)。

しかし、同著はその後2005年7月で21刷を重ねており、さらに同じ著者による続編「ITに殺される子どもたち」(講談社)も出版され、TVゲームのみならず、携帯メールやインターネットまでもが脳を破壊するといった主張も展開されている。また、最近でもTBSのNEWS23、テレビ朝日の報道ステーションなど多くの人が見る番組、しかも信頼性が高いと思われている報道番組中で、ほとんど無批判に取り上げられている。
こうした結果、昨今の「脳ブーム」ともいえる状況ともあいまって、「ゲーム脳」「メール脳」といった言葉が一人歩きする状況もみられ、子供のゲーム遊びを心配する親が、病院に脳波検査を依頼に来るなどの例さえある。

著者が公言する「ゲーム脳の子は将来必ず凶悪犯罪を起こす」との極論など、あまりに一方的な主張には問題が多いと考えるが、われわれはゲームの影響それ自体の評価をする立場にはない。
しかし、この「ゲーム脳本」において「ゲーム脳」の判定根拠とされている脳波の計測とその評価法については、正しくない点が多いと思われ、脳に対するゲームの影響がこのような方法によって脳波で判定できるという不正確な知識が蔓延していくことは、看過できない。
この本や著者に対する論評や批判は数多くあり、脳波に関しても精神科医の斉藤環氏などが批判しているが、脳波の波形自体について実験的に検証した記述はみかけない。そこで、臨床検査技師等に対する脳波の検査法を教授している立場から、この本に記載された内容に基づき、脳波に関する部分について以下に考察する。

結論の要約

この「ゲーム脳本」で取り上げられている、「ゲーム脳」と判定する根拠とされている「β波」は、そのほとんどがおそらく筋電図を中心としたアーチファクトであり、それを脳波と弁別することなしに評価しているものと推測される。したがって、 「ゲーム脳」であるか否かは、ここでいう「脳波」データに関する限りは、単にゲームに慣れていて安静な状態でしているか、不慣れなため緊張しているかの差である可能性が高い。
お手玉が脳を活性化させることの証明とされているβ波が前頭部から大量に出現するとしていることも、筋電図アーチファクトを見ているものに過ぎない。
よって、前額部の脳波β波によって脳に対するゲームの影響を判定できるということを根拠にしたこの本の主張は、その脳波的根拠に関しての信頼性はない。


使用された装置とその評価法について                           

装置について
新たに製作したブレインモニタという「簡易型脳波計」を用いており、 従来シールドルーム以外では不可能な脳波測定が本装置によって可能になった、としている。しかし、もちろんそんなことはなく、現代の臨床用脳波計ならばよほどの悪環境でなければシールドなしでどこでも測定できるし、数万円程度で市販されている医療用ではない簡易型脳波計測器と称するものでさえ可能である。また、小型携帯用の脳波測定器も、簡易型ではなく本格的な医療機器としてもすでに市販されているので、今回のものが、特に新しい機能や、これまでなかった性能を有しているものではないと思われる。

電極位置と誘導法について
前額部Fp1とFp2の双極誘導によったとしている。また、「不関電極」をその中間につけたとしているが、これは平衡型差動増幅器のニュートラル電極のことであろうと思われる。前述した斉藤環氏は、不関電極をつけている以上基準電極誘導ではないかと推測されているが、仮にそうだとすれば、2つの測定電極間距離がさらに近くなってしまう。1チャネルの波形しかみていないことからも、中央の電極を平衡型差動増幅器のニュートラル電極とした接続による、Fp1-Fp2の双極誘導と考えるのが妥当であろう。著者自身も双極誘導であると書いており、以下この前提で検討をすすめる。

評価法について
測定した脳波、実際は「脳波を含む生体電気信号」という方が正確であるが、これに対し、3〜30HzのBPFをかけ、「数値化回路により数値化積分値 (Power値)」を得るとしている。ここの意味は不明で、周波数成分のPower値を求めるとすれば、FFTやMEMなどの周波数解析法によってパワースペクトル成分を得るのが普通であるが、この装置でどのような処理をしているのかは分からない。「ゲーム脳」の人ではβ波成分が完全にゼロになることがあるというデータが示されているが、どんな状況であれ上記のような普通に用いられる方法によれば、β波成分(正確には脳波を含む13〜30Hzの周波数成分)が完全にゼロになることはあり得ないので、なんらか別の処理を行っている可能性はある。この、あり得ない結果が提示されている点で、この装置の信頼性が損なわれている。少なくとも、数値処理後の結果だけを示すのではなく、測定した波形と解析過程を提示することが信頼を得るための必要条件である。


本方法の問題点                           

この本における脳波の扱い方と評価で最も問題が大きいのは以下の3点である。

1)測定部位を前頭部のしかも双極誘導で行っていること。
2)アーチファクトの考慮と対処がまっ たく行われていないようにみえること。
3)脳が活性化すると必ずβ波が大きくなるという前提にたっていること。

前額部での測定について
1)の測定部位は、おそらく、大脳皮質の前頭前野の評価をしたいということで、前頭部Fp1とFp2での双極誘導によったものと思われる。この部位は髪の毛がなく電極をつけやすいということもあり、簡易的な脳波測定ではよく用いられるが、以下に述べるように信頼性はきわめて低い。
前額部は正常者では脳波そのものが全頭中でもっとも小さいにもかかわらず、筋電図、瞬目、眼球運動などのアーチファクトが一番入りやすい部位であり、通常、臨床脳波検査においてはここの脳波測定と判読には最も気をつけなければいけないのは、脳波検査を行う技師であれば周知のことである。
しかも、Fp1とFp2での双極誘導を用いているが、基準電極誘導でさえ小さい前額部の脳波が双極誘導にすることでさらに小さくなり、実質的な脳波成分はほとんど失われてしまう。出てくるとすれば、この2点における脳波のうち、左右で不同期の成分ということになるが、正常者ではそれはきわめて小さく、遠隔電場電位(注1)の性質を強くもつ脳波では、評価に値するものはまず得られないと考えなければいけない。ところが、脳波以外の成分、とくに筋電図は近接電場電位(注2)であるので、測定部位が少しでも違えば同期成分は少なく、差分をとってもさほど減衰しない。したがって、Fp1とFp2での双極誘導で記録された波形は、その多くが脳波よりも筋電図成分である可能性が高くなる。

アーチファクト対策について
このようにきわめてアーチファクトが入りやすい部位で測定していながら、これについてどう対処したのかについてまったく記載されていない。脳波測定ではアーチファクトは不可避なものであり、ましてや前額部は最も問題のある部位である。もしなんらかの考慮や処理を行ったのであれば、それを述べておくことは脳波を扱う上で不可欠かつ最重要なことがらであり、これにふれないということは考えられない。
波形をまったく表示せず、したがって波形の確認もせず、アーチファクトの対策もなんら記載されていない本方法は、脳波の評価法として致命的な欠陥をもつものといわざるをえない。脳波を検出するために、3〜30HzのBPFで抽出したとのことであるが、この範囲の信号がすべて脳波であって、アーチファクトが含まれていないということはない。β波と筋電図はその周波数成分がまったく重なるの部分があるので、通常の帯域フィルタでは弁別できないのは周知のことである。

脳の活性化とβ波について
3)については、脳波の性質として基本的にそのようなことはなく、脳が活性化するとβ波もその絶対量は低下する傾向を示すのが一般的である。含有率は大きくなることがあるが、それはα-attenuationによってα波の量が減少することによる相対的な変化によるもので、β波自体が増えることはほとんどない。一部増強される場合もあるが、わずかである。β波は出ればでるほどよい、脳が活性化されていることの証明であるという前提で論をすすめているのは、脳波学的に大きな誤りといわざるをえない。著者は、従来β波に関する研究がほとんどないのに対し自身がそれを行った、と記述している。しかし、これまで、脳波を知っている研究者ほどβ波はその正確な検出が困難であるうえ、そもそもその成因が明確でないということもあって、扱いに慎重であったのが事実である。今回、もしこれらの問題点が解決され、β波によってなにかが証明されたという成果があるならば、まずその解決手段を明確にする必要がある。

 

注1:発生源からかなり離れた位置まで生体中を容積伝導して伝播するもの。体表面での電極位置が接近している場合は同じような波形になる。頭皮上から測定する脳波はかなりこの性質をもつ。
注2:発生源から途中の伝搬経路の影響をあまり受けずに直接現れるもの。電極位置が少し離れると異なった波形で観察される。表面筋電図はこの性質が強い。


前額部での脳波の検証                      
以下に、前額部での脳波がどのようなものかを示す。

以降提示するデータは、すべて臨床用デジタル脳波計EE2100(NECメディカルシステムズ)で記録し、解析はBIMUTASUおよびATAMAPU(キッセイコムテック)で行ったものである。サンプリング周波数は200Hz、アンチエイリアシングフィルタは60Hzである。

(縦軸スケールはすべて同じ)
(図をクリックすると拡大される)

これは、正常成人(30歳男性)の開眼安静時の脳波である。電極位置は10/20法で、両耳朶連結の基準(L+R)による基準電極法で記録している。最上部チャネルの赤で示したのが、Fp1-Fp2の双極誘導の波形である。

開眼してある程度時間が経過し非常に安静な状態であり、後頭部には時々α波も出現している。FP1、Fp2にも筋電図はあまりみられないが、2個所で瞬目のアーチファクトが入っている。
このように、開眼でα-attenuationされた状態では元々脳波は小さいが、前額部のFp1、Fp2では特に振幅が小さく、さらにその双極誘導ではほとんど波形らしきものが見られないことが分かる。

下の図は、上記脳波に対して「ゲーム脳本」と同じく3〜30HzのBPFをかけた結果のうち、Fp1-Fp2,Fp1,Fp3の3チャネルの波形と、安静な区間(緑色の部分)と瞬目のある区間(黄色の部分)の周波数パワースペクトルである。瞬目の部分はフィルタ処理によって変形している。

(縦軸スケールはすべて同じ)
(図をクリックすると拡大される)

 
緑:8〜13Hz 黄:13〜20Hz 水色:20〜30Hz (縦軸スケールは、Fp1-Fp2と他の2つは異なる)
解析区間長2.54秒、ハミングウィンドウ。

スペクトルをみると、Fp1-Fp2の双極誘導ではβ波帯域のうち20〜30Hzの成分が相対的に多くなっている。脳波信号ではこのようなことは考えにくいので、これは筋電図が主成分であると考えるのが妥当である。よって、この波形から脳波を抽出、解析することはできないことが分かる。

 


 

つづき 

 

 

 

 
 
 
  
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